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SAA 【仕事の悟り】
SAA理念「仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す」
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≪10≫天命に生きる
■天命に生きるとは

天命とは何か?
自分の天命とは何か?
天命が与えられるとしたら、いつ、どのように…?

天命という言葉の意味を、自分なりに考え続けてきた。
そして、気付いたこと…

◆1◆****************************

   天命は、自ら引き寄せ、具現化していくもの。
 
*******************************

天命は、
天から降ってくるのを待つのではなく
自ら引き寄せ、具現化していくもの。
努力に応じた天命が開かれていく。

それは、まるでゲームのようだ。
設定されたそれぞれのステージで、ポイントを獲得する。
その、ポイントに応じたエネルギー、獲得した武器を手に
新たなステージで戦う。

現在、どのようにポイントを重ねたかによって、
次のステージの戦いが変わる。

自分に相応しくないといって手抜きをしていた者からは、
勝利の女神は遠ざかる。

天命とは分断されたファイナルステージにだけあるのではなく、
現在・只今の自分が引き寄せてくる。

そういった意味では、「全て」が「天命の構成要因」であるといえる。

◆2◆****************************

  天命に生きる人は、不退転でなければならない。

*******************************

私は以前、
天命が与えられているものならば、
天のご加護により、
思うがまま夢が実現するはずだ、

と思っていた。

しかし、これは「天命をいただく者の驕り」である。
たとえ天の意を受け、使命を果たすものであったとしても、
この世の努力なしに道は開けない。

いや、むしろ、地上での実現が困難であるからこそ、
天のご加護が必要なのであり、
自分達の力で楽々問題を解決できるなら、
「天命」と名づける必要もないのだ。

天命に生きる者は、堅忍不抜の精神で生き抜かなくてはならない。


◆3◆****************************

天命に生きるものは、柔和かつ柔軟でなければならない。

*******************************

真剣に、天命に生きるがあまり、
意思が意固地となり、他の人を傷つける岩石の塊となってはいけない。

また、人の顔がそれぞれ違うように、人には十人十色の天命がある。

他の人も自らの天命を生きている、生きようと努力していることを肯定し、
お互いに尊重しあわなくてはならない。

自分と同じ生き方を望むのではなく、
誰かの生き方を真似するのでもなく、
皆が互いにオリジナルの天命を生きている。
皆が、「自分らしく生きる」ことを求めている。

しからば、一つ上の視点に立ち、個性を尊重しつつも大調和する
『統合観』を持たねばならない。
そして、その統合観を持つからこそ、
お互いの個性が理解し合え、
融合し、
柔軟な活動が可能となる。

そして、その悟りの証が、柔和かつ柔軟な姿となって現れる。
明るさとリラックスという言葉に置き換えても良い。

それは、あらゆる分野で「道を究めた人」の特徴でもあるのだ。

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≪8≫人間として生きることの大切さ
■8■人間として生きることの大切さ

「人は、生きるために仕事をする」のであろうか?

然り、然り、否、否。

人は、「生活の糧を得るためだけに働く」というのであれば、生活の保障さ
れた人は働く必要が無いということになる。
(⇒こうした集合想念のひずみが、最近問題となっている「働く意思を失っ
た人々」を生み出す一因である。)

もちろん、天災や人災、貧困の恐怖におびえ、自らの、そして家族の身を守
るために働くという段階もある。しかし、それでは野生の動物となんら変わ
らない。

文明が進化し、生活も保障されている現代社会において、求められているの
は、次なるテーマ、仕事に対する取組課題である。

では、そのテーマとは何か?
「人は、仕事において、人として生きる。」という崇高なるテーマである。

「人として生きる」とは何か?

人が幸福になるために仕事をする
人を幸福にするために仕事をする

というテーマである。

「人の時代」(12月18日号参照)で述べたように、

人は、金銭や、モノの生産・販売を超えた価値、
つまり、「自己表現」「自己発揮」「自己の存在そのものの提供」できる
幸福を求める   ⇒【人が幸福になるために仕事をする】

そして、その表現した自己が、自分の存在そのものが「役に立っている喜び」
「貢献という名の幸福」を求める。⇒【人を幸福にするために仕事をする】

こうした幸福を味わえることをテーマとして取組まなくてはならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのためには、企業の側、経営者・管理職の側に、根本的な価値の構造変換
が必要だ。

つまり、人を「モノを生産するための一部」「利益を稼ぎ出すための一部」
として捉える「唯物的人間観に基づく企業価値」を徹底的に排除することだ。

このような価値から生まれるのは、例えば、機械の部品を取り替えるように
人を扱う人事体制である。まず「役職」・「組織の枠組み」ありき、そして
役職に適合できなければ使い捨て、といった社員の使い方である。

発展・繁栄している企業の特徴は、「まず人ありき」、「人の幸福・使命感
ありき」である。

「こういう理想が実現したい」という使命感を打ち出し、その使命感に共鳴
した人々、その理想を共に成就したいと、使命を共有した人々が集まり、組
織をつくる。優秀な人材の、その能力を発揮させ、その使命を果たすために
機能的であるべく、組織が生まれる。組織の枠にとらわれず、必要に応じて
組織が形成されてくる。だからこそ、使命に対し、組織が縦横無尽であり、
変幻自在となりうる。

そして、その使命にもとづく仕事の中で、人は「人として生きる幸福」を実
感する。

仕事への使命感、内から湧き出てくるような熱意を持ち、「仕事をすること
が幸福だ」「やりがいのある仕事ができて嬉しい」「仕事によって、これだ
け成長できた」……と、幸福感の中で生きることができる。

逆に衰退している企業の例は、枚挙にいとまがない。
例えば、社員の「心」に栄養を補給することなく、肉体の餌(給料)のみ支
払うことで、社員が満足すると勘違いしている会社の存在。卑近な例で言え
ば、子供に愛情を注ぐことなく、子供に優しい一言もかけることなく、お小
遣いさえあげれば良い、欲しいというおもちゃを買ってあげれば、子供は親
に感謝してスクスク育つ…こう勘違いしている親の姿に似ている。

「そんなことを言っても、社員は理性ある大人であり、もう成長した人間
(成人)であり、育てる必要はない。そんなことまで企業が関わる必要は無
いし、求められてもいない。」と反論する人も多いであろう。

しかし、素直な心の目で見て欲しい。人は仕事に自らの成長・発展を求めて
いる。自らを、より素晴しく育て上げたいと潜在的に要求しているのだ。

しからば、社員を素晴しく育てることを決意しなければならない。
子育ての中で、親自体が成長していくように、
社員を育てる中で、また、企業(経営者・管理職)も育つ。
この健全なる相互の関係は、発展・繁栄の基礎なのだ。

家庭は基礎的な人間力を育てる場であり、
学校は社会貢献のための基礎学力や集団適応力を身につける場であり、
そして仕事は、仕事を通じて「認識力」「先見性」「洞察力」を高め、「社
会的影響力」「心の自由自在領域」を広げ、その作り上げた自己でもって、
社会に貢献する喜び、自己の拡大・発展の幸福を享受する場である。

「仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す」場
であるのだ。(SAA企業理念)

このように、人間は、常に、発展・成長・自己拡大といった、自己の限りな
い成長を求めるものだ【個人の幸福】、ということを肯定し、企業は、それ
を企業自体の理念と通観して追求し、統合・融合させて、社会に貢献する素
晴しいものを生み出していく【公的幸福】ということをなしていかなければ
ならない。

それが「人として生きる」ということであり、
それが「企業が有機体として生きる」ということであるからだ。

人としての尊厳を守り、その価値が最大限に活かされ、そして仕事を通じて、
より高次なるもののために貢献できる…という、本来あるべき姿にもとづき、
仕事に対する価値観を再構築していきたい。 

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