SAA 【仕事の悟り】
SAA理念「仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す」
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≪5≫統合観
■統合観:優秀な人材を、上手にコントロールするために必要な考え方



第2号「捨ててこそ見えるものがある」、、第4号「優秀な人材を惹きつけるには」の中で、企業の有機体理論について少し触れた。今回は、優秀な人材を上手にコントロールするために、管理職および管理職を目指す人にとって必要なものの見方・考え方とは何か、ポイントを述べてみたい。
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優秀な人とは、優れて秀でる人。つまり、平均値から見ると、飛びぬけている、いわば「異質な存在」である。
企業として優秀な人材は集めたいが、ややもすると、その優秀であるがゆえの扱いにくさというものが出てくる。上司となる人が平均的な人であると、優秀な人を理解できないがゆえに、自分の理解できる枠の中に押さえ込もうとし、その個性を消しこむ方向に指導してしまうからだ。
したがって、優秀な人材を集めて発展したいと望むならば、企業のトップ及び管理職(候補)は、「優秀な人材の扱い方」について、きちんと学んでおかなくてはならない。

SAA(スピリット・アドバイザー・アカデミー)の管理職養成コースでは、その前提として、 「企業の有機体理論」を徹底させる。企業の有機体理論として、一番理解しやすいモデルが、第4号「優秀な人材を惹きつけるには」で紹介した、「人間の手の例え」である。今回も、このモデルで説明してみたい。

手には5本の指と、手のひらという構成要素があるが、優秀な部下とは、親指、人差し指…といった、指の部分であり、その優秀な部下をまとめるのが、管理職である手のひら、とイメージする。

子供の手から、大人の手に成長するように、親指は親指として、人差し指は、人差し指として、各々が太く・長く・強く、その個性を成長させる必要がある。
しかし、其々がいくら成長したからと言って、指一本でできる仕事は限られている。

ところが、それぞれの指が集まって、一つの仕事をするようになると、押したり、引いたり、つかんだり…、色々な仕事が実現する。「指」から「手」の働きに転化することで、格段に機能が高まるのだ。(個人企業における他社との協力関係も含む。)

では、バラバラに動くこともできる優秀な「指」が、「手」としての機能を果たすために必要なものは何か?

その第一点目に大切なこととして、手としての「理念」、「目的・使命」の徹底があげられる。

例えば、「りんごを掴む」などの、手として成し遂げるべき目標があるからこそ、それぞれの指は「手の動きのひとつ」として、まとまることができる。試しに「何の目的も与えていない時」の自分の指の状態を観察してみるとよい。それぞれの指は、自分の一番楽な形に曲がっているはずである。
しかし、ひとたび「目的」を与えると、見事なばかりに、5本の指は、絶妙なる調和、バランスのもと、その目的を成就する。

このように、組織のトータルの成果を最大限ならしめるためには、「手のひら(管理職)および、指の1本1本(部下)が、手(企業・組織)としての目的・目標を明確にし、その目的に向かって各々の力を発揮する」ということが必要だ。

そして、第二点目として必要なことは、「役割の違い・働き方の違いを認めつつ、目的に取組む」ということ、つまり、「その目的を成し遂げるために、指はそれぞれが違った動き方をする」ということを「肯定」することだ。もちろん、「モノをすくう」という動きをするときは、それぞれの指が一方向に向かって同じような動き方をする。しかし、「モノをつかむ」といった動作において、それぞれの指は、全く違ったベクトルで動いている。

例えば、親指からすれば、小指の動きを見ると、「何をちょろちょろしてるんだ!お前は、私の動きとまったく逆のことをしている!ちゃんと方向を修正しろ!」と言いたくなるかもしれない。しかし、リンゴを掴むという動作においては、小指の動きの正しさは、親指と同じ行動をとることではない。リンゴという目的を掴む方向(親指とは逆ベクトル)に働くことにあるのだ。(これは、人だけではなく、経理、人事、営業、企画…といった部門間の理解においても当てはまる。)

このように、自分とは、一見正反対からの働きのようにみえても、それが一つの目的物を掴むという使命に取組んでいるならば、それも一つの「正しい姿」であることを認め、統合させなければならない。

こうして、「指」としての各々の正しさ、自己主張を超え、手全体として「モノを掴んでいる」という統合観で見ることができることが、管理職に必要な要素となってくる。
(⇒この統合観は、「統合観で見よう」と努力することで、次第に認識力が上がってくる。これぞ、「仕事の悟り」の醍醐味であるから、ぜひ、この訓練により、統合観を持った管理職・経営者を目指していただきたい。)

そして、第三点目として、「指」の自己主張より、「手」としての仕事をすることで、自らの能力も、認識力(悟り)も格段にアップするということを肯定することだ。もちろん「指」としての使命に徹するという生き方も一つではある。しかし、人間、生きている限り、必ず他者とのかかわりを持つ。そうした中、ほとんどの人が、周囲から「発展・成長」を期待される。「社会に貢献しよう」と心がける優秀な人ならば、尚更、「管理職への道」を期待される。(「指」⇒「手」⇒…⇒「体全体」⇒…と認識・統合・使命の実現をしていく。)

しかし、優秀であっても管理職に向かない人がいる。この問題の原因は、この「統合観」の必要性を知らないところにある。つまり、自分の「指」としての「正しさ」の中でしか物事が認識できないのだ。
そして、優秀であるがゆえに苦しむ。それも、「なぜ、自分は他の人が理解できないのか」という苦しみではなく、えてして「なぜ、自分が理解されないのか?」と。

しかし、知らなければならない、「問題は、自分の認識力が足りないがゆえに起こっている」。他の人の動きが理解できない。他の人にとっての正しい働き方がわからないがゆえに、他の人を正しい方向に導けない。…ということにあるのだ。

つまり、「自分が立っているステージ、認識すべき世界が変化しているのだ。」「今のステージでは、自らのみ伸ばす考えを捨て、組織全体を活かす道=統合観を持つことが必要なのだ」と知らなければならない。

そして、知ったならば、肯定しなければならない。
「自分の苦しみは、認識力(悟り)をアップさせることで、必ず解決する」と。

自分の過去の枠にしばられるのではなく、仕事によって、今、新たに創り変えられようとしている、新しい自己を肯定することだ。今、仕事を通して、更なる発展(悟り)を目指しているのだ。

山に篭っているだけでは得られない…。仕事をし、人々の中でもまれるからこそ得られる「仕事の悟り」。今回述べた三点は、仕事において悟りを求める手引きでもある。
個人で仕事をしている人も、ぜひ、自分が仕事に関わる縁の中で、統合観を持つ訓練をしてみていただきたい。

この統合観を前提として、企業の有機体理論は、現実のものとして活動を始めるのだ。
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≪4≫優秀な人材を惹きつけるには
■優秀な人材を惹きつけるには

第3号では「人の時代」の到来について述べた。
では、この「人の時代」において、優秀な人材を惹きつけるために大切なことは何か?

かつては、給料やポストで人を集めた。
「人の時代」に求められるポイントは次の3つ

 ○自己発揮、自己の顕現のための場⇒やりがいのある仕事・貢献できる場
 ○自己発揮、自己の顕現に対する評価⇒納得できる給料・昇格など
 ○自己の拡大・発展への期待⇒経営者(経営理念)、
                     自分を理解し、向上させてくれる上司の存在。

つまり、 「自己発揮の場・貢献できる場」×「自分の存在への評価」×「自分が向上する期待感」がバランスよくなければならない。

(⇒注:これは創刊号の「新・経営指標について考える」 の②「個人の側からの指標」の中で述べた、幸福度=収入(賃金)×世の中の役に立つ喜び(自分自身の満足度)という考えに、現状への満足だけではなく「向上」という発展的なベクトルを入れることで、 優秀な人にも対応させている。)

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では、ここで、現時点で一番なおざりになっていると思われる、経営者・上司の魅力を高めるために、何をなすべきか?そう、実は、ここで求められるものが、SAAの理念「仕事を通して多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す」という「悟り」なのである。

部下であるうちは、自らの思うまま、自らの個性・魅力を高める努力を為せばよかった。たとえ上司がどのような対応を迫ろうとも、従うか、従わないかは、実は自らが決めることである。(⇒例えば汚職に関与するか否かも、結局は自分が決めている。他人のせいにしてはならない。)

しかし、上司となった以上、“自分を超える視点”で、企業および部署を「有機体」であるかのごとく動かさなくてはならない。

そして、自分を超えた視点で、多様な価値観を統合・融合させ、有機体として更なる発展を目指すために必要な悟りが、第2号「捨ててこそ見えるものがある」 述べた考え方なのである。

例えば自分が親指だとする。部下であるうちは親指としての使命を果たせば良しとされていたかもしれない。しかし、「手」という部署(課など)を動かすには、親指の視点だけでは無理である。他の4本の指の役割を知り、正しく指示を出さなくては「手」として機能できない。更に、「右手」(部など)は、「人体」(企業)における、どのような位置づけであり、いかなる役割を果たすべきであるか…を知らなくてはならない。そして、更に言うならば、「人体」は社会に対し、何をなすために存在するのか…という経営理念を語れなくてはならない。

この全体観・統合観の中において、自分達が取組む使命がいかなるものであるかを語れるときに、はじめて、部下達にとって、その仕事が単なる「労働」ではなく、世の中に貢献するために、現時点の自分に与えられたミッションであると、熱意をもって語ることができる。そして、それを上司が熱意をもって語るとき、部下にとって「やりがいのある仕事」となっていく。
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「やりがいのある仕事」ということで、「適材適所」という考え方も重要である。胃には胃の役割、目には目の役割があり、適材適所に人材を配置するという努力も必要である。

しかし、実際には、 「適材」を「適所」に配置することは至難の業である。本人が相応しいと思うポジションですら、実は不適であることも多い。

また、「適材」が「適所」にばかりいては、その部署特有の偏ったものの見方になり、「人体」という全体像を把握することが難しくなる。優秀な人材の発展・成長の芽を止めることになりかねない。

しからば、その上司が「適材適所に生きることのみを持って、幸福と捉えるな。あなたには、人体全像を見、更に大きな使命を果たさなくてはならない。現時点において、あなたが学ぶべきは、右手の機能を最大限に活用し、更にパワーアップさせることだ。その経験により、人体全体を自由に操ることができる。今、ここにある、与えられた仕事・環境において、悟りを求めよ。」
このように語ることができれば、優秀な人材ほど、その部署において精進するようになる。

そのためにも、まず、上司自身が、企業(部署)を有機体として観ることができるという「悟り」、統合観が求められるのだ。
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次回は、優秀な人材を上手にコントロールするために必要なことは何か。
異質な存在もひとつにまとめる、「企業の有機体理論、その前提」について述べてみたい。
≪3≫人の時代
■人の時代

今日は「人の時代」というテーマについて考えてみたい。
現在の経済活動を見ると、まだ「モノの時代」の考え方で営まれていると感ずる。

「モノの時代」の終わりを感じ取っている人々は、現在の流れを見て「知性の時代」と呼んでいるが、SAAではもう一歩踏み込んで「人の時代」と呼ぶ。

なぜなら、人間は「知性」のみならず、「感性」「理性」「悟性(認識力・インスピレーションなど)」という、あらゆる能力を総合的に評価されるべきものであるからだ。

「知性の時代」と呼び称されると、悲しいかな人々は「知」のみ求める。人が評価する一方向のみを追い求める傾向があるのだ。
人間の素晴らしさは「知」だけではなく、「愛」や「自分を律する心」でも量られるべきである。

一方向のみを先鋭化させる時代は終わった。
今後、人間の「総合力」を発揮できるよう、時代認識そのものを修正すべきであると提言する。

そう、「人の時代」が始まったのだ。
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「人の時代」においては、「人の時代」に応じた方法でものごとに対処しなければならない。
例えば、「人の時代」においては、利益(給料)などの「金銭を越えた価値観」で、人々は行動するようになる。

その価値観とは何か?

それは、「自己表現」、「自己発揮」、つまり「自己の顕示」「自己の存在そのものの提供」を求める。
そして、その表現した自己が「役に立っている」と実感するとき、その自己表現に対し「価格」をつけていく。

たとえば、HPやblog、フリーウエイソフトなどが、その特徴を示す。また、ボランティア活動もその一つである。
大半の人々は、その内容を無料で公開し、自分の気付きや発見、能力など、まず、自分を披露することに重きを置く。そして、多くの人が求めるもの、共感するものであることを確認する。その中で、次第にその内容にふさわしいものに対し、しかるべき値段がついてくる。
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こうした「人の時代」への移行期にあって、能力あるものたちは、「モノの生産」や「時間」で評価される旧社会に辟易し、「自分自身」「自分の能力」そのものが評価される世界に移行する。

旧社会との接点は、日々の生活に必要な資金を稼ぎ出す為に「利用」するのみで、「心」まで仕事には売り出さない。必要な給料のみを獲得できれば、束縛や責任がなく、できるだけ早く開放されることを望み、「自分の時間」に「自己表現」「自己発揮」にいそしむ。

昨今の起業家で成功している人を見ると、この「自己表現」「自己発揮」と、「仕事」が一致している人であることがわかる。

このような「人の時代」が、すでに始まっていることに気付き、すべてのものがイノベーションしなければならない。
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こういった時代の流れの中、企業も「人の時代」」に対応した取組をしなければ、優秀な人材は集まらない。
次回は「人の時代」に対応するため、「魅力ある人材を集めるために必要なこと」について、少し触れてみたい。
≪2≫捨ててこそ見える世界がある
■捨ててこそ見える世界がある。

今まで構築してきたもの:自分の立場とそれに基づく考え、地位、職業、社会的影響力、自分が成し遂げてきたこと等、…これらが、自分の限界をつくる原因となることを、肝に銘じなければならない。

人はえてして自分の過去を大切にしたい。
なぜなら、それは、現在只今の自分の存在を肯定することだからだ。
そして、自分を肯定する代わりに、それが限界をつくる枠組みとなり、その枠に入れない人を理解していくことが困難になる。

自らの立場や役割、それに基づく考え方を一度捨てない限り、他の人の良さ、人々がどのように融合していけばよいかが、全く見えない。

例えば人体において、あなたが多くの栄養を消化する「胃」の役目を果たしていたとしよう。ありとあらゆる難問を消化するその姿は、非常にアクティブで、注目を浴びる存在である。

そんなあなたから見ると、「足の爪」は、果たしてどのような存在に見えるだろうか?

おそらく、その存在すら気にとめていないに違いない。もし、気付いたとしても、「足の爪」自身が積極的に活動しているようには見えず、足の指先に貼りついている、無駄な存在としか認識していないかもしれない。

では、「足の爪」の存在がなかったらどうか?足の骨は傷み、力強い一歩を踏み出すことも、足を踏ん張ることもんできない。「人」として跳躍することはもとより、移動にも支障をきたす。

「胃」の立場や働き、その存在に求められる正しさをもってしては、「足の爪」の存在意義や正しさは推し量ることはできない。

自らの「胃」という役割を、一度捨てない限り、「足の爪」のよさや、「足の爪」の貢献度は理解できない。「足の爪」と融合して大きな「人体」として仕事を成し遂げるには、「胃の立場」・「胃としての正しさ」を捨てなければならないのだ。

捨ててこそ、見えるべき世界が、見えてくるのだ。

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更に、「自らを伸ばす」ということが、 「自らのみ伸ばす」という考えになったとき、他の存在から自らを分断する行為となる、ということにも触れておきたい。

「胃」が胃として単独で活躍しても、何の意味もなさない。その「胃」が消化した栄養分を吸収し、それを血管が体の隅々まで運び、そしてその栄養を有効活用し、大きな仕事をなす「体全体」の働きがあってこそ、「胃」の存在意義は認められるものとなる。

このような、 「自と他で素晴らしいものを創っている」という認識のもと、いちど自分の理解できなかった人の「存在の意味」を考えてみることを勧める。
その存在は?目?耳?鼻?内臓?血管?リンパ?体毛?神経細胞?それとも…?
果たしてそれは、どの役割を果たし、どのような意味を持つものなのか?
そして、その存在が機能しなければ、「人体」はどうなるのか?

まつげ、一本一本にも、その存在に意味がある。

捨ててこそ見える世界を、見つめてみることは、仕事における「悟り」のポイントである。
≪1≫新・経営指標
■新・経営指標について

新・経営指標について考えてみたい。

今までの経営指標は、営業利益や経常利益などの「金額」による指標と、その会社の将来性に対する「企業の現在価値」という指標で考えられている。SAA(スピリット・アドバイザー・アカデミー)では、「企業は、個人の集合体である有機体である」という考えから、「個人の指標」と、その連携・集積である「企業の指標」の両面から考察し、その将来性を点検していく。


【個人】
個人の指標として、次の二つの指標が考えられる。
①企業の側からの指標
  企業への貢献度=仕事能力×時間×情熱
②個人の側からの指標
  幸福度=収入(賃金)×世の中の役に立つ喜び(自分自身の満足度)

まず、①の企業の側からの指標 「企業への貢献度」であるが「モノ」を単純生産していた時代から、「知」による生産・創造活動という時代に変化している昨今、「労働時間」のみに対し賃金を支払う旧態依然とした評価は、不公平極まりない。優秀な人に不満感が生まれ、発展の牽引力に欠ける。かといって、個人主義の徹底した「職務」や「成果」のみにより、企業への貢献度をみるのは、組織のストレス・疲弊感を引き出し、長期の視点では、努力逆転となることが多い。有機体としての組織力、機動力に欠けてくる。

SAAにおいては、企業への貢献度指標は、「仕事能力」×「貢献時間」×「熱意・誠意」の掛け算で考えていく。

例えば、高度に創造的な仕事をする能力のある人は、短時間の貢献時間でも充分な成果を出す。残りの時間を他の仕事に向け、収入を増やしたり、趣味など、自分として有意義だと思えることに有効活用できる。  
逆に、単純だが長時間の仕事に耐える人は、「時間」により企業に貢献することができる。

ここで、最後の項目に「熱意・誠意」とあるが、これらは成果のいかんに関わらず、企業への貢献度として評価すべきである。
「悪貨は良貨を駆逐する」のとおり、仕事能力が高くとも、熱意や誠意のない人がいると、部署全体のモチベーションが下がり、部署トータルでの成果が下がる。この責任は、きちんと当人の評価項目として換算しなければならない。

次に、②の個人の側からの指標 「幸福度」であるが、今までは「収入(賃金)」から判断されることが多かった。しかし、知的創造力にあふれる優秀な人材や、自己の存在意義を見出したい人にとっては、収入だけでは満足感が得られないことも多い。

また、どんなに収入は良くとも、詐欺まがいの商売や、消費者に迷惑をかける行為は、良心の呵責により幸福感が下がる。逆に、自分自身の満足度は高くとも、収入が低ければ、どこかで不満要因ともなる(ボランティアや非営利組織は除く)。

企業として気をつけなければならないのは、個人の力量により、②の幸福度=収入(賃金)×世の中の役に立つ喜び(自分自身の満足度)のボーダーラインが存在し、そのボーダーラインを下回ったときには転職の可能性があることだ。優秀な人材の流出を防ぐためには、賃金をボーダーラインまで上げるか、それが不可能である場合は、「世の中の役に立つ喜び」や「個人の存在意義に対する満足度」を高める工夫をしなければならない。この両方に魅力がない場合は、企業が衰退していく運命であると甘受しなくてはならない。

【企業】
企業とは、個人の集まりである複合体であると同時に、ひとつの有機体である。両者が影響を及ぼしながら、全体として「調和からの発展」を目指さなければならない(※企業の有機体論、調和からの発展については、別途ブログ化の予定)。そのために必要な指標が、経常利益などの客観的な指標である「企業利益」と、企業としての「社会への貢献度」である。この両者が単独に存在するのではなく、
  「企業利益」×「社会への貢献度」
という掛け算で考える必要がある(ボランティア活動等は除く)。

例えば、「社会への貢献度が高い」と自負する企業であっても、企業が「利益」を出せないならば、それは同時に「社会に対するマイナス」でもある、という厳しい現実を認識すべきである(新規企業や、投資直後の企業はこの限りでない)。なぜならば、企業は、人材、資源、資金、国土など、あらゆるものを社会から享受しているからだ。つまり、「同じ資本(人、物、金…)を利用して創出できるはずだった利益と社会貢献が、その企業の存在により阻害されている」ということである。
厳しいようだが、企業の稼ぎ出せる利益に応じた、従業員数、設備投資、借入金等にし、器にあった活動を考えなくてはならない。その資本を他の企業にまわせば、それだけ社会全体が発展するからだ。

逆に、「利益」は莫大であっても、手抜きやごまかし、詐称、詐欺、人道的に是とされない活動が長続きするはずがないことは、昨今の報道でも明らかなとおりである。このような活動は、「利益」が莫大であればあるほど、その闇の部分が強調され、世間の良識のもと淘汰される。
また、「利益」の僅かな企業であっても、時間のゆっくりと経過する時代には、その企業の罪が明らかになるのにも時間を要したが、ドッグイヤーと呼ばれるような時代には、その結果が明白になるのが短時間となった。

このような現実を素直に受け止め、企業は「最大利益」を求めるだけでなく、企業としての「社会貢献」「存在意義を世にうたう」という活動にも真正面から取組まなくてはならない。そしてそれは、従業員や株主などのステークホルダーの評価も高め、企業の継続的発展の足場固めともなるのだ。

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