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SAA 【仕事の悟り】
SAA理念「仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す」
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≪16≫部下が個性を伸ばすため、管理職として取組むべき課題とは
■部下が個性を伸ばすため、管理職として取組むべき課題とは
(忍耐は他者に対しては「愛」となる―2)

SAAにおける「耐え忍び」とは、成功するための時の刻み方であり、
「自分自身」に用いれば「修行論」「成功理論」となり、
「多者(他者)」に用いれば「愛」「育成理論」となる。

今回は、「耐え忍び」成功ための5つのポイントの2番目「他者との比較
で焦ってはならない」に対応し、部下が個性を伸ばすため、管理職として
取組むべき課題について考えてみたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
≪13≫号において、「耐え忍び」に成功するためには、他者との比較
で焦ってはならない…ということで、水とエタノールのたとえを使った。

では、管理職の立場として、水やエタノール等のように、個性も、役割も、
そして成功の時期も違う部下を、育成するポイントとは何か?

その内容は多岐に渡るが、今回はSAAとして管理職にお勧めしたい、
(1)個性の違いを認め、
(2)個性を伸ばす考え方を浸透させ
(3)その個性が発揮される機会を与え、その実現を「耐え忍ぶ」
という流れの中で必要な「考え方」について触れてみたい。

(1)個性の違いを認める・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【ポイント】:「自分」という個性を離れ、部下の違いを肯定する。

部下の個性を見つめるときに邪魔するもの、それが「自分」という個性で
ある。

例えば、自分が「優秀だ」と思う人は、部下の理想像も“自分に酷似”し、
逆の傾向を持つ部下を「否定」する傾向がある。

また、自分にコンプレックスを持つ人は、自分と正反対の部下を見ると嫉
妬し、優秀さに引け目を感じると共に、否定したくなる。
そしてまた、自分と似た所を持つ部下を見ると、自分の嫌な部分を見せつ
けられている気がし、嫌悪感を持つ。

このように、部下の個性を理解しようとしても、それを阻害するものが
「自分」という価値基準である。

部下の個性を伸ばしたいならば、「自分」という価値尺度がどれほど仕事
に影響を与えていたかを知ることだ。
知ったならば、その「自分」という視点を離れ、あらためて部下の個性と
いうものを見つめることだ。

自分という個性を離れ、
部下の個性の違いを発見し、肯定し、愛する。
そうしようと「努力」する。

認め、肯定することが、素晴らしさを引き出すコツである。



(2)個性を伸ばす考え方を浸透させる・・・・・・・・・・・・・
  【ポイント】:「適材適所」の呪縛から解脱する。

個性の違いを認めるのならば、「適材適所」こそ、管理職の求める道では
ないのか?なぜ、「適材適所」の呪縛から解き放たれるのか?
…そう思われる人も多いだろう。

もちろん、「管理職として、適材適所を求めること」…これは正しい。

しかし、問題は、「適材適所であるかどうかなど、やってみなければわか
らない」という点にある。これは、管理職だけの問題ではなく、当の本人
ですら、何が幸福なのか、時がたってみないと分からない。

例えば、最初は無理だ、向いていないと思った仕事も、何かのきっかけで
コツを掴むと、グンと成長し、器が広がるきっかけになる。

逆に、適職だと思う仕事を与えても、「その仕事しか出来ない人」を生み
出し、「10年たっても、20年たっても同じ仕事をし、髪の毛だけが白
くなった」ということもある。

世間で言う適材適所とは何なのか?
それは本当に幸福論なのか?

もちろん、大枠としての「適材適所」はある。
例えば、「実業家として成功する」「政治家となり日本を繁栄させる」「教
育者として世界を幸福にする人材を育てる」「医療に携わり、人々を病気
の苦しみから解放する」…といった、その人の人生の目的、魂そのものの
うずきに伴う「適材適所」である。

しかし、それは「職業選択の時点」で、「本人が選ぶ」ものだ。
管理職が云々というものではない。

ある意味、サラリーマンなど、過去の転生で一度も経験したことのない職業
である。誰しもが今世はじめて経験するものだ。この枠の中で、営業、総務、
製造、マーケティング…のどれが適材適所にあたるか…などと悩んでも
分からないのも無理はない。

適材適所となるために、管理職が心砕くべきは「配置」だけではない。
どの位置からも前進し、発展するための、考え方の徹底が必要だ。

適材とは:
 その仕事にとって、有用であるべく、自己変革すること。

適所とは:
 あらゆる仕事を、“現時点における”最高の自己開拓の場、自己発揮の場
 と受け止め、「今日命が亡くなっても悔い無し」と思える仕事を遺すこと。

このように生きる人は、いついかなる時も、適材適所の道を歩むことができる。

このような生き方の素晴らしさを伝えること、その熱意で示すこと、それが管
理職として、部下の個性を伸ばす道である。


(3)その個性が発揮される機会を与え、その実現を「耐え忍ぶ」・・・・
【ポイント】:成功の可能性が6割を超えるなら、適任者と信じ、
       仕事においては8割を押さえる。

部下に完璧を求めては、仕事を任せることができない。
上司である自分でも、100%を出し続けることは難しい。
知識や経験量の少ない部下にばかり100%を求めるのは酷なことだ。

成功の可能性が6割を超えたら、部下を信じて、仕事を任せてみよう。
(参考文献:松下幸之助氏「社員稼業」適任者をどう選ぶか)
そして、その成果が自分の期待する8割であればよしとする。
そのためには、パレートの法則に基づき、重要な2割を明確にしておく。

要は、割合の問題ではない。部下に仕事を任せる決断の際には、完璧主義
に陥らず、押さえどころは何かを明確にし、その部分が達成されればよし
とする覚悟が必要だということだ。

そして、その実現の方法は必ずしも自分と同じでなくともよい。
部下には部下のやり方がある。
仕事の成功とは、自分の仕事の型に部下をはめ込むことではなく、
仕事を成功させることにある。

ただし、部下の個性を尊重することと、放任とはわけが違う。
成功のための知恵の伝授は、上司としての義務である。
枠にはめ込まず、知恵という可塑性のあるものを供給し、
「部下と共に必ず仕事を成功させる」という基本は、はずさない。

育成には、高度な「耐え忍び」が要求されるのだ。
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≪15≫ 「忍耐」は、多者(他者)に対しては「愛」となる ①  【管理職養成講座】
■「忍耐」は、多者(他者)に対しては「愛」となる―1

これまで「耐え忍ぶことで、かなう成功あり」というテーマを
3回にわたり考えてきた。(1月9・11・13日号参照)

「耐え忍び」の成功のための5つのポイントは
 【ポイント1】80℃あたりが、ひとつの魔境
 【ポイント2】他者との比較で焦ってはならない
 【ポイント3】温度に応じた役目に生きる
 【ポイント4】水を熱する方法は、一通りではない
 【ポイント5】総花的になり、目標を見失ってはならない

この「耐え忍び」は
●「自分自身」に用いれば「修行論」「成功理論」となり
●「多者(他者)」に対して用いれば「愛」「育成」となる。

今回から「耐え忍び」の成功のための5つのポイントを他者、
特に部下の育成に応用展開して考えてみたい。

*******************************
【ポイント1】「80℃あたりが一つの魔境となる」の応用編
*******************************

「耐え忍び」に成功するための「5つのポイント」の1番目が
「(水が水蒸気になる姿に例えると)80℃あたりが一つの魔境となる」
という話であった。

80℃あたりまでエネルギーを蓄えると、自分でも「努力してきた」と
いう実感が湧き、「見返り(評価・成果)」を求める気持ちに変わる。
しかし、80℃では、依然水は液体のままであり、水蒸気という理想の
姿には変化していない。

この理想(気体)と現実(液体)のギャップが耐えられなくなり、
○結果を焦って無理をし、失敗に終わる。
○結果が出ないことで自暴自棄になり、諦めてしまう。
…ということが起こりやすいのが80℃頃である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、このとき管理職および管理職にならんと目指すものは、どのよう
に対応すればよいのだろうか?

よく見受けられるパターンとして、次のようなものがある。

【タイプA】
「どうなった?まだ成果は出ないのか?」
「こんなことで大丈夫なのか?」
「ちゃんとやってるのか?」
 …など、部下の不安を募らせ、焦りを助長させる。
 ⇒すべて部下(他人)のせいにし、「部下を育成する」という 
  「自分の責任」への対策は見受けられない。

【タイプB】
 部下の努力が待てず、全部自分でやってしまいたくなる。
 自分でやったほうが、思い通りにサッサとことが運び、自分が楽。
 いつまでたっても自分ひとりが仕事をし、人に仕事を任せられない
 「上司」兼「部下」の自分がいる。
 ⇒「自分」は優秀であるという視点を捨てられない。
  専門職や参謀としては成功できても、人を育成する立場に立つと、
部下の可能性の芽を摘み取りがち。

このように、【タイプA】のように、他人(部下)のせいにばかりし、
ベクトルが自分に向かない人も、【タイプB】のように、自分にばかり
に視線が向き、他人(部下)の育成に向かない人も、部下を「負け犬」
にし、自分自身も、管理職としても大成できない。

管理職には、「自と他のバランスにおいて耐え忍ぶ」という、高度な
耐え忍びが要求されるのだ。

そういう意味で、部下の80℃あたりの魔境は、上司にとっても、
部下を育てる勘所、そして上司が上司として器を広げるチャンスとして
「耐え忍ぶ」要所である。

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では、部下が80℃の魔境に陥りそうなとき、管理職として取組むことは何か?

■1:「部下と共に、必ず仕事を成功させる」という管理職自身の決意。

それが仕事である以上、まず「必ず成功させる」という覚悟が必要だ。
しかし、その中に“部下と共に”というキーワードが入らなくてはならない。部下だけでも、自分だけでもない。部下と共に…である。
(実際には、部下だけでは不十分で、管理職の力をもってして成功する
仕事も多い。ともすれば「自分がやれば出来る」「自分が成功させる」
と自己満悦しやすいが、「組織が有機体として機能」するためには、
「部下と共に成功させている」と、自分に言い聞かせることも必要。)

■2:次に、「80℃まで来た、部下の努力を認める」。

80℃まで来たということは、部下もかなりの努力をしている。
“過去の”部下の実力からみると100%の力を出し切っている場合
もある。力を出し切って疲弊している部下に、ハッパばかりかけても
前に進めない。

そんなときに必要なのは、「80℃まで来たんだよ」と、現在の位置を
確認し、認めてあげることだ。

部下が焦る理由は、水(液体)と水蒸気(気体)の認識しかない
…つまり、0か100か、失敗か成功かしかない。
だから、80℃という立場に不安を感じ、自分が報われない気がする。

このとき、80℃における努力と成果を上司が「確認し、認める」こと
で、部下の中に「80℃の足場」ができる。
どんなに深い谷も、自分の身近に足場があれば恐怖が薄らぐ。
そこを基点に上ればよいからだ。
部下が、上に登ることに夢中で、足場無くもがいているならば、
上司が、そこまでの努力・成果を認めることで、80℃の足場を作って
あげればよい。

■3:部下が現在地点(80℃)を確認し、足場が固まったならば、
もう一度、理想を明確にする。

部下が80℃の魔境に陥る理由のもう一つが、「何のために100℃を
目指していたのか、その理想を見失う」ことにある。

部下としては、80℃地点で、過去の自分から見た全力を、既に出し
切っているように思える。
この“過去”の自分から見て「限界」だと思える地点を脱出する
=限界突破するために必要なのは「明確な理想」である。
つまり「何のためにやっているのか?」という「使命感」である。
それが、自分のためだけでなく、“多くの人の幸福のために”取組ん
でいるならば、“自分の限界”は突破される。

部下の限界を突破し、上司である自分自身も成長するためには、夢の実
現によりもたらされる「社会への貢献」、「幸福の増進」を明確にし、
その明確な理想の力で、現実を引っ張ることだ。

何度でも、その理想をありありと描き、その実現により持ち来たらされ
る社会の幸福を、心に刻み込むことだ。(「真年の誓い」参照)

理想を明確にしたならば、「部下のあと20℃の努力を、理想の成就を
信じ、共に耐える」ことを部下と共有することだ。
それは、「管理職としての新天地(水蒸気)」に向けての20℃でもある。

「耐え忍び」とは成功するための時の刻み方」。
普通の人なら諦めがちなときに、踏ん張って
「焦らず、諦めず、淡々と努力し続けること。」である。

さあ、この「耐え忍び」の道を共に歩もう。


≪14≫耐え忍ぶことで、かなう成功あり(後編)
■耐え忍ぶことで、かなう成功あり (後編)

「幸福」と「成功」を架橋する考えとして大切な、「耐え忍ぶ」と
いうテーマについて前編・中編で取り上げてきた。簡単に振り返ってみたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

SAAにおける「耐え忍び」とは、「成功するための時の刻み方」である。
停滞や現状維持に甘んじることではなく、変化し続ける。普通の人なら諦めがちな時に、踏ん張って、焦らず、諦めず、淡々と努力し続ける。
100℃になったら水が水蒸気となるように、1℃1℃熱を上げる。
…それが、「忍耐」「耐え忍び」である。

「耐え忍び」に成功するための「5つのポイント」がある。

【ポイント1】「80℃あたりが一つの魔境」
【ポイント2】:「他者との比較で焦ってはならない」
【ポイント3】:「温度に応じた役目に生きる」

今回は、あと2つのポイントについて考えてみたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【ポイント4】「水を熱する方法は、一通りではない」

人は、熱しているとき、熱中しているとき、ある意味頑固になりやすい。
心の自由性を失いやすいとも言える。

「この道を突き進むしかない!」「前に向かって進め!」と、ハッパをかけ、勇気を鼓舞し、前進する。……これはある意味では賞賛に値することではあるが、一方では知恵がないとも言える。

なぜ、そんなに意固地になるのか?
どうしてこの道でないと駄目だと思い込むのか?
進む道は前しかないのか?

先に述べたとおり、「耐え忍び」とは
普通の人なら動きを止めがちな時に、淡々と「変化しつづける」こと。
「焦らず、諦めず、淡々と努力し続けること」なのである。
道は一方ではない、無限にある。

例えば…

○目的達成に必要な情報を集めること。
○何が上手くいかない原因なのか、振り返ってみること。
○「今の自分」で役に立てることを実行してみること。
 その中で気付きや発見能力を高めること
○時には、全く違った世界を探求してみること。
○気力・忍耐力をつけるために、体力・筋力をつけること。
 ある意味、動き続けている人にとっては、「休むこと」も変化である。

このように、変化することで、すでに幸福は顕現している。
(※参考:≪11≫「変化する瞬間に、幸福が姿を現す」)
まずは、この変化自体を楽むことだ。

そして、この幸福感の積み重ねで、エネルギーを充電し、
「成功」という「大きな変化」を生み出していただきたい。

もっと、心を自由にして、「どんな道からでも大成する」
このような「耐え忍び」の心、変化し続ける気概を持ち続ける限り、
目の前には、必ず、新しい道が切り開ける。

【ポイント5】しかして、「総花的になり、目標を見失ってはならない」

第4点目で心は自由自在で、どんなことも自らの「熱」に変えるという大切さを述べたが、その一方で、「総花的になり、目標を見失ってはならない」という点が上げられる。
発生した幸福エネルギーが、バラバラのままでは大きな仕事をなしえない。
自分の器、成長段階に合わせて、手を広げていく知恵が必要である。

それは、例えばダムのようなものである。
一粒一粒の水の粒子(変化することで顕現した幸福)を集め、一つの「発電」という目的のために利用したとき、水の粒子一粒ではなし得なかった、新たな、スケールの大きい仕事が可能となる。

このダムの広さが、自分の蓄える幸福エネルギーに見合ったものであれば、
水がたまる⇒放流⇒発電⇒スケールの大きな仕事 となる。

しかし、このダムが、水をためる能力を超えた広さを持つならば、水がたまって放流するどころか、水が干上がるほうが早いということになりかねない。

変化することも大切であるが、やみくもに手を広げるのではなく、自分の器量、自らでコントロールできる範囲・求心力を考え、目標に向けてエネルギーを集約できるような配慮が必要である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上、前編・中編・後編の三回にわたって、
・「成功するための時の刻み方」である「耐え忍び」について、
・また「耐え忍び」に成功するための5つのポイントとして、
  【ポイント1】「80℃あたりが一つの魔境」
  【ポイント2】:「他者との比較で焦ってはならない」
  【ポイント3】:「温度に応じた役目に生きる」
  【ポイント4】:「水を熱する方法は、一通りではない」
  【ポイント5】:しかして、「総花的になり、目標を見失ってはならない」
ということを述べてきた。

次回は、この「耐え忍び・応用編」として、「耐え忍び」を他者に応用した場合、特に「部下の育成」に応用した場合について考えてみたい。

≪13≫ 耐え忍ぶことで、かなう成功あり(中編)

■耐え忍ぶことで、かなう成功あり (中編)

「幸福」と「成功」を架橋する考えとして大切な、「耐え忍ぶ」と
いうテーマについて、3回に分けて考えてみたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

≪前編のあらすじ≫

●「耐え忍ぶ」とは、現状維持に甘んじることでも、「停滞」でもない。
「耐え忍び」とは、「成功するための時の刻み方」である。

普通の人なら諦めがちな時に、踏ん張って
「焦らず、諦めず、淡々と努力し続けること」なのである。

それは、あたかも水が100℃になれば、水蒸気となり、
あの巨大な鉄の塊・蒸気機関車が動かせるように…。
1℃1℃エネルギーを蓄えることで、臨界点を境に、全く世界が変わる。
それを信じて、淡々と努力することが「耐え忍び」「忍耐」なのだ。

●「耐え忍び」に成功するための「5つのポイント」の一番目は、
「80℃あたりが一つの魔境となる」という話であった。

80℃あたりで、自分でも「努力してきた」という実感が湧く。この、
「してきた」という実感が、「見返り」を求める気持ちに変わり、結果・
評価を手に入れたい気持ちが頭をもたげる。しかし、機は熟しておらず、
このギャップが焦り、不安、失望という魔境への誘引剤を生み出す。

ここで、一つの見方として、自分の位置が見えないから、「焦る気持ち」
が生じているのであるが、逆に、「焦る頃」が80℃の目印なのかもしれ
ない、と考えることも可能ではないか。そうであれば、答えは簡単。

このように、「耐え忍び」における魔境を乗り越えるためには、
焦って結果を得たくなる、80℃時点における再決意が必要だ。

=================================
≪ここから中編≫

今回は、「耐え忍び」に成功するための「5つのポイント」のうち、
二番目・三番目の内容について考えてみたい。

【ポイント2】:「他者との比較で焦ってはならない」

「耐え忍び」に成功するためには、他者との比較で焦ってはならない。

例えば、自分が水とする。
隣の席でエタノールが頑張っていたとしよう。

エタノールの沸点は約78℃である。

同じように頑張っていたエタノールが、78℃あたりになると、突然、液体
から気体に姿形を変える。
それは、目を見張るような変化であるし、客観的な事実として、周囲から
の評価も高い。

そのとき、78℃で液体のままである「水」にとっては、心中複雑である。

なぜ、エタノールだけが変化するんだ?
自分だって同じように努力してきたのに…
エタノールは要領がいい、自分はだめだ…。

しかし、考えてもみて欲しい。
「水」は「水」、「エタノール」は「エタノール」。
求められている役割が違う。

更に、沸騰するまでに蓄えたエネルギー量が違うから、
沸騰した後に為せるパワーも違う。
100℃-78℃=22℃の温度差分、その蓄えたカロリーにより、
一味違う仕事が可能になるのだ。

そう、「水」「エタノール」「石油」「水銀」…それぞれが、それぞれの性質、
役割を持ち、その全てが役に立っているように

あなたは「水」として尊いのだ。
エタノールとして生きる必要はない。

もし、他者との比較によって、焦る心が生じ、心が波立ってきたなら、
この水とエタノールの話を思い出して欲しい。
それが「耐え忍び」の道を淡々と歩み、「水」としての成功を修めるため
の、大切な心構えである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【ポイント3】:「温度に応じた役目に生きる」

成功とは、水蒸気になることだけではない。

「水蒸気になったら、本領発揮できるのに…」
「もし、水蒸気の立場が与えられたら、自由自在に動けるのに…」
…こういう「もし、たら、のに…」族が成功したためしはない。
(成功者は「もし、たら、○○する」と断言する。)

人生は博打ではない。
一か八かの大勝負にかけて、成功するものは稀であり、またその成功も長続
きしない。「水蒸気になって使命を果たす」という理想は描きつつも、その過程においても、「役に立つ」存在となり、着実に「人生のポイント」を獲得していかなければならない。(≪10≫「天命に生きるとは」参照)

水は100℃になる過程でも、役に立つ存在である。
その温度に応じた、自らの役目に生きることも大切な観点だ。

水浴びなら15℃あれば可能。
ウールの洗濯はぬるま湯でなければ縮んでしまう。
お風呂のお湯も、リラックスしたいなら39℃の微温湯で、
シャキッとしたいなら42℃
お茶やコーヒーにもそれぞれの適温がある。

これらの仕事は、100℃を超える水蒸気には果たせない。

現時点の温度で、どのように役に立てるか…と考え、実践することは
その温度における「生きる道」を追求することであるし、
それぞれが、それぞれに尊く、味わい深いドラマがある。

この幸福を感じながら、水蒸気への道を歩むからこそ、その「耐え忍び」の
道も、明るく、張り合いのあるものとなる。

同じ道を歩むなら、その“過程”の中に輝きを見出す。
それが人生成功のための「耐え忍び」のポイントである。

≪12≫ 「忍耐」とは:耐え忍ぶことで、かなう成功あり (前編)

■「忍耐」とは:耐え忍ぶことで、かなう成功あり (前編)

前回は、「変化する瞬間に幸福が姿を現す」というテーマについて考えた。
今回は、「幸福」と「成功」を架橋する考えとして大切な、「耐え忍ぶ」というテーマについて、
3回に分けて考えてみたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「耐え忍ぶ」というと、止まって動かないというイメージがある。
ともすれば「何も為さない」ことの言い訳になりやすい。

●同じ24時間を使って、現状維持に甘んじるか?
 「停滞」をもって「耐え忍び」と呼ぶか?

それとも…

●成功の種をまき続けるか、
 成功の種に水をやり、日を当て、養分を与えるか?
 日々に、成功のためエネルギーを蓄え続けるか?

もちろん、SAA(スピリット・アドバイザー・アカデミー)における「耐え忍び」とは、後者である。

真実の「時」は「動くもの」にしか与えられない。
時計の針の動きをもって、時を刻んだと勘違いしてはならない。
真実の「時」は「刻んだもの」によって、変化を起こす。

「耐え忍び」とは、「成功するための時の刻み方」なのだ。

例えば、一般的な傾向として…

目標に向かって進み続けても、大きな成果が得られないとき…、
 →結果を焦って出そうとし、空回りする。
 →思うように事態が進まないので、不安になる。
 →そして「どうせ無理だ」と、その目標自体を諦める。

また、ある程度の成果を上げたとしても、その成果に対し、自分が思うほど
周りの人が評価してくれないとき…
 →「どうせ自分のことなんて、理解してもらえない」と、嘆く。
 →「俺の素晴らしさがわからない会社のために、貢献なんかできるか!」と、投げやりになる。
 →そして、評価してくれない他人のせいにして、目標を諦める。

このように、普通の人なら「諦めがち」な時が勝負である。
諦めて、動きを止めてしまいそうなとき、この時に、踏ん張って「淡々と変化しつづける」こと。

それが、「耐え忍び」である。

結局、「耐え忍び」とは、「焦らず、諦めず、淡々と努力し続けること」なのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例えば、水を熱しているとしよう。

30℃から50℃→80℃→99℃と熱しつづける。
諦めず、冷まさず、たとえ冷めたとしても、再度熱する。
このように、1℃でも2℃でも、絶えず熱し続ける限り、
かならず100℃が来る。

そして、100℃になったとき、奇跡が起こる。
水(液体)が、水蒸気(気体)に変わるのだ。
液体の形で押しとどめられ、地を這っていた姿から、
気体として、自由自在に拡散し、雲のように空高く舞い上がることができる。

そして、水が水のままでは成し得なかった仕事が、可能になる。
例えば、あの巨大な鉄の塊・蒸気機関車が動かせるように…。

このように、時の中で成功を刻むには、水が水蒸気に変わるように、
1℃1℃エネルギーを蓄える「耐え忍び」を実践しなければならない。


===============================
■「耐え忍び」に成功するための5つのポイント

さて、成功するために「耐え忍び」が必要であるということを述べたが、
ここで、「耐え忍び」に成功するための「5つのポイント」について考えて
みたい。

【ポイント1】:「耐え忍び」の魔境について

水は50℃や、60℃では、表面的に大きな変化は見られない。
ただ、自分自身でも、「努力がまだ充分でない」と実感できているので、
「まだまだ!こんなところで諦めちゃいけない!頑張ろう!」と、自分を律
することができる。

ところが、更に努力を重ね、80℃まで熱した頃、人は期待する。
「これだけのことをやり抜いて来たんだから、そろそろ何か変化が起きてもいいんじゃないか?」…と。

しかし、まだ、表面的には何も変わっていない。
体積も増えない。姿も変わらない。

そこで、次第に不安になる。
「もう、こんなに熱したのに、なぜ、自分は変化しないのか?」
「こんな努力をしても、無駄なんじゃないだろうか?」と。

このように、80℃あたりが一つの魔境となる。
自分でも「努力してきた」という実感が出てくるからだ。

その「してきた」という実感が、「見返り」を求める気持ちに変わる。
何らかの結果・評価を求める気持ちが頭をもたげる。

しかし、努力に対する顕著な成果はまだ出ていない。
しかも、成果に到達するという確証もない。
したがって、自分の為してきた努力に対する評価も、まだ固まっていない。

これが、焦り、不安、失望という魔境への誘引剤を生み出し、
ある者は努力を諦め、
また、ある者は無理やり結果を出そうとし、失敗に終わる。

ここで一つ、思いとどまってみよう。
この「結果を焦る」気持ちが出てきている、ということは、逆に

もしかしたら、「もう、80℃まで熱してきた」のではないか?
…と考えることはできないだろうか?

現実の位置が見えないから、「焦る気持ち」がおこる。
だが、「焦る頃」が80℃の目印なのかもしれない、と思うことで、態度が決まる。

そう、諦めず、あと20℃温めればよいのだ。

今一度、自らの立場を確認し、淡々と温めていこう。
たとえ「保温」であっても、熱を与え続けることは必要だ。
温めることをやめたら、途端に80℃→50℃→30℃と冷めてしまう。
諦めず、100℃になることを信じて、エネルギーを蓄え続けよう!

このような、80℃時点における再決意が必要だ。
派手な炎でなくとも良い。
淡々と熱し続ける限り、必ず温度は上がる。
そして、その頃になると、少しずつ表面があわ立ち、成功への手ごたえが実感できるようになる。

あとは、ラストスパートだ!
そのまま、100℃のゴールを目指す。

そして、100℃になったとき、
水(液体)が、水蒸気(気体)に変わることができるのだ。

このように「耐え忍び」に成功するためのポイントの1つ目は、「80℃の魔境を乗り越える」
であった。残る4つのポイントについては、(中編)(後編)で説明したい。

------------------------------------
※今回は「耐え忍び」のテーマに対する魔境として、「諦める」を中心にしています。
  他にも魔境がありますが、これについては別途記事にしていく予定です。【SAA邦江】
≪11≫ 変化する瞬間に、幸福が姿を現す
■変化する瞬間に、幸福が姿を現す


幸福とは何であるのか?
満足と幸福の違いは どこにあるのか?
今までの人生を振り返って、ふと気付いたこと、それは…

 ⇒『幸福は、変化する瞬間に感じる』ということ

例えば、

・毎日「愛に生きている」としよう。
 愛という世界で満ち足りている…これも一つの幸福であるかもしれない。

 しかし、その愛あふれる生活から、「ああ、単に愛するだけでなく、こう
 すれば、相手の能力も伸びるんだな!」と発見し、「知恵」を得た瞬間、
 パッと辺りが明るくなるような、フレッシュな幸福を感じる。

・また、毎日コツコツ勉強している人は、「知」という世界で満ち足りてい
 るかもしれない。
 努力精進できる、知らないことを知る、ということは、一つの幸福である。

 しかし、その学んだことが、誰かの役に立ったとき、
 自分の学んだ「知」が「愛」に転化したとき、温かく、透明な喜びが胸に
 溢れる。

このように、今までの自分と違う、新たな自分と出会った時、
つまり、自分A⇒自分Bに変化した瞬間、人は、満足を超えた、新鮮な幸福
を実感する。

更に、

・自分の仕事しか見えていなかった人が、
 組織全体の中における、自分の役割の意味を知ったとき…、

・どうしても取り除けなかった難問が、ついにクリアーできたとき…、

・使い物にならないとレッテルを貼っていた部下が、
 仕事の内容によっては生き生きと働くと知ったとき…、

・無愛想なヤツだと毛嫌いしていたけど、
 「意外にいいヤツなんだな」と気付いたとき…、等

このように、自己の能力の拡大したり、認識力が拡大することにより、
自分を取り巻く世界が変わって見えたとき、
つまり、自分Aが自分AAに拡大した瞬間に、
透明なパワーが「ストン」と体に入ってくるような幸福を感じる。

結局、AからBへ、AからAAへと「変化する瞬間」に、透明でフレッシュ
な幸福感が得られる。

この変化の瞬間=拡散、統合により、自分および自分の世界観が変化する瞬間
こそ、「悟り」の瞬間である。

幸福の限りない発展とは、「結合と拡散の発展的上昇」「変化のスパイラル」
にあるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、この変化という幸福の瞬間を、“仕事という時間”を使って最大限に
享受するためには、どんな観法が必要なのか?
そう、それが実は、過去の記事で紹介してきた、【統合観】と【自由観】なのである。

・自分の立場として、もう一段高い認識力を持とうと努力すること。

・新たな自分を創り、いっそう広い認識力を持とうと努力すること。

・そして、自分以外の立場―――部下の立場、社長の立場、顧客の立場、
 企業全体の社会における立場、競争相手や業界の立場、国家の立場、
 地球規模の繁栄を実現する立場…など、自由自在に認識の拠点を移動させ
 ようと努力すること…。

これらは、仕事において、「変化する幸福」を享受する方法であり、
仕事というキッカケがあるからこそ取組める、悟りの課題である。

そう、仕事を通して、幸福が発展する姿そのものであるのだ。

そして更に、社員一人ひとりの透明な幸福パワーが結集することにより、
企業という有機体がパワーアップする。
これにより、企業全体の社会への貢献度が高まり、場合によっては新規事業
を増やすこともできる。
この、企業自体の変化による幸福の顕現という視点も大切である。

最後にもう一つ、この企業の発展を機縁として、更に社員の認識も変わると
いう、「企業と個々の社員との相互発展的スパイラル」という視点も、忘れ
ないでおきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回述べた「変化する瞬間に、幸福が姿を現す」は、SAAソフトの柱の一本
である「青春の心を取り戻す」という話につながります。今後も折にふれ、
この「青春の心を取り戻す」というテーマを取り上げて行く予定です。
                            【SAA邦江】 

≪10≫天命に生きる
■天命に生きるとは

天命とは何か?
自分の天命とは何か?
天命が与えられるとしたら、いつ、どのように…?

天命という言葉の意味を、自分なりに考え続けてきた。
そして、気付いたこと…

◆1◆****************************

   天命は、自ら引き寄せ、具現化していくもの。
 
*******************************

天命は、
天から降ってくるのを待つのではなく
自ら引き寄せ、具現化していくもの。
努力に応じた天命が開かれていく。

それは、まるでゲームのようだ。
設定されたそれぞれのステージで、ポイントを獲得する。
その、ポイントに応じたエネルギー、獲得した武器を手に
新たなステージで戦う。

現在、どのようにポイントを重ねたかによって、
次のステージの戦いが変わる。

自分に相応しくないといって手抜きをしていた者からは、
勝利の女神は遠ざかる。

天命とは分断されたファイナルステージにだけあるのではなく、
現在・只今の自分が引き寄せてくる。

そういった意味では、「全て」が「天命の構成要因」であるといえる。

◆2◆****************************

  天命に生きる人は、不退転でなければならない。

*******************************

私は以前、
天命が与えられているものならば、
天のご加護により、
思うがまま夢が実現するはずだ、

と思っていた。

しかし、これは「天命をいただく者の驕り」である。
たとえ天の意を受け、使命を果たすものであったとしても、
この世の努力なしに道は開けない。

いや、むしろ、地上での実現が困難であるからこそ、
天のご加護が必要なのであり、
自分達の力で楽々問題を解決できるなら、
「天命」と名づける必要もないのだ。

天命に生きる者は、堅忍不抜の精神で生き抜かなくてはならない。


◆3◆****************************

天命に生きるものは、柔和かつ柔軟でなければならない。

*******************************

真剣に、天命に生きるがあまり、
意思が意固地となり、他の人を傷つける岩石の塊となってはいけない。

また、人の顔がそれぞれ違うように、人には十人十色の天命がある。

他の人も自らの天命を生きている、生きようと努力していることを肯定し、
お互いに尊重しあわなくてはならない。

自分と同じ生き方を望むのではなく、
誰かの生き方を真似するのでもなく、
皆が互いにオリジナルの天命を生きている。
皆が、「自分らしく生きる」ことを求めている。

しからば、一つ上の視点に立ち、個性を尊重しつつも大調和する
『統合観』を持たねばならない。
そして、その統合観を持つからこそ、
お互いの個性が理解し合え、
融合し、
柔軟な活動が可能となる。

そして、その悟りの証が、柔和かつ柔軟な姿となって現れる。
明るさとリラックスという言葉に置き換えても良い。

それは、あらゆる分野で「道を究めた人」の特徴でもあるのだ。

≪9≫眞年の誓い
真年の誓い

新しき年を 真実の発展の年とするために
誓うべきことは何か?

まず、自らの理想実現を誓え

そして、その実現によって持ち来たらされる
社会の幸福を 心に刻み込め。

ただ単なる理想や夢であっては
少々の困難でグラついてしまう。

結果を焦って、その実現される速度の遅さに
失望し、夢の実現をあきらめてしまうことがある。

それは、夢や理想を描くこと自体が 間違っているのではなく
夢を 具体性を持っていない 絵空事のままにしておくことが
問題なのである。

夢を実現したいのならば
その夢の実現により持たらされる
社会への貢献 幸福の増進を 明確にしなければならない。

果たして その夢が実現されることで 幸福になる人が増えるのか?
世の中の不便が解消され、快適になれるのか?
社会の問題が解決に向かい、世の中の幸福指数が向上するのか?
夢の実現により、誰かの役に立てるのか?
その喜ぶ顔が イメージできるのか?

それを深く深くみつめ、自らに問いかけてみよ
「この夢を実現することは 私の使命であるのか?」と

その実現は、身近なことでも良い
逆に、目の前にいる人は、全く知らないことでも良い

どこかの 誰かが いつか 喜んでくれること
その幸福のために 自分として 何かお役に立てるなら幸福だと
心の底から思えること

その喜ぶ笑顔を見たいから
私は 夢を実現する

そのとき、私の夢は、
実現に向かって、ゴロゴロと音を立てて進みはじめる

なぜなら、その夢は
ひとつの天命として
今、生命を得たからである
魂を吹き込まれたからである

天からの認可を受けたということなのである。

その実現に向かい
あきらめず 努力しつづけること。
喜ぶ笑顔を心に刻み
苦難・困難、あらゆる障害と見えしものを 乗り越えること。

夢の力と その実現による幸福を確心し (確心:確信より確固としたビジョン)
今日も 一歩 前進すること。

その夢は、私があきらめない限り 必ず実現する。

たとえ その姿かたちは変わっても
その実現の手段や方法は 変わることがあったとしても 
その夢は なんらかの刻印を この地上に遺す。

それが 私が この世に 生きた という証。

真なる夢を描けた自分自身に
心から おめでとうを伝えたい。

あまり沢山のことを 望む必要はない
あなたは 今 この道を進めばよいのだ。

真実なる年を 歩んでいこう。

             [2004年 主人の誓いより]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

主人が この世に 生きた という証に

主人の夢 SAA(スピリット・アドバイザー・アカデミー)は
今も こうして 真実なる道を歩んでいます。

私も あきらめない 
それが 私の 眞年の誓いです    [SAA邦江]

≪8≫人間として生きることの大切さ
■8■人間として生きることの大切さ

「人は、生きるために仕事をする」のであろうか?

然り、然り、否、否。

人は、「生活の糧を得るためだけに働く」というのであれば、生活の保障さ
れた人は働く必要が無いということになる。
(⇒こうした集合想念のひずみが、最近問題となっている「働く意思を失っ
た人々」を生み出す一因である。)

もちろん、天災や人災、貧困の恐怖におびえ、自らの、そして家族の身を守
るために働くという段階もある。しかし、それでは野生の動物となんら変わ
らない。

文明が進化し、生活も保障されている現代社会において、求められているの
は、次なるテーマ、仕事に対する取組課題である。

では、そのテーマとは何か?
「人は、仕事において、人として生きる。」という崇高なるテーマである。

「人として生きる」とは何か?

人が幸福になるために仕事をする
人を幸福にするために仕事をする

というテーマである。

「人の時代」(12月18日号参照)で述べたように、

人は、金銭や、モノの生産・販売を超えた価値、
つまり、「自己表現」「自己発揮」「自己の存在そのものの提供」できる
幸福を求める   ⇒【人が幸福になるために仕事をする】

そして、その表現した自己が、自分の存在そのものが「役に立っている喜び」
「貢献という名の幸福」を求める。⇒【人を幸福にするために仕事をする】

こうした幸福を味わえることをテーマとして取組まなくてはならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのためには、企業の側、経営者・管理職の側に、根本的な価値の構造変換
が必要だ。

つまり、人を「モノを生産するための一部」「利益を稼ぎ出すための一部」
として捉える「唯物的人間観に基づく企業価値」を徹底的に排除することだ。

このような価値から生まれるのは、例えば、機械の部品を取り替えるように
人を扱う人事体制である。まず「役職」・「組織の枠組み」ありき、そして
役職に適合できなければ使い捨て、といった社員の使い方である。

発展・繁栄している企業の特徴は、「まず人ありき」、「人の幸福・使命感
ありき」である。

「こういう理想が実現したい」という使命感を打ち出し、その使命感に共鳴
した人々、その理想を共に成就したいと、使命を共有した人々が集まり、組
織をつくる。優秀な人材の、その能力を発揮させ、その使命を果たすために
機能的であるべく、組織が生まれる。組織の枠にとらわれず、必要に応じて
組織が形成されてくる。だからこそ、使命に対し、組織が縦横無尽であり、
変幻自在となりうる。

そして、その使命にもとづく仕事の中で、人は「人として生きる幸福」を実
感する。

仕事への使命感、内から湧き出てくるような熱意を持ち、「仕事をすること
が幸福だ」「やりがいのある仕事ができて嬉しい」「仕事によって、これだ
け成長できた」……と、幸福感の中で生きることができる。

逆に衰退している企業の例は、枚挙にいとまがない。
例えば、社員の「心」に栄養を補給することなく、肉体の餌(給料)のみ支
払うことで、社員が満足すると勘違いしている会社の存在。卑近な例で言え
ば、子供に愛情を注ぐことなく、子供に優しい一言もかけることなく、お小
遣いさえあげれば良い、欲しいというおもちゃを買ってあげれば、子供は親
に感謝してスクスク育つ…こう勘違いしている親の姿に似ている。

「そんなことを言っても、社員は理性ある大人であり、もう成長した人間
(成人)であり、育てる必要はない。そんなことまで企業が関わる必要は無
いし、求められてもいない。」と反論する人も多いであろう。

しかし、素直な心の目で見て欲しい。人は仕事に自らの成長・発展を求めて
いる。自らを、より素晴しく育て上げたいと潜在的に要求しているのだ。

しからば、社員を素晴しく育てることを決意しなければならない。
子育ての中で、親自体が成長していくように、
社員を育てる中で、また、企業(経営者・管理職)も育つ。
この健全なる相互の関係は、発展・繁栄の基礎なのだ。

家庭は基礎的な人間力を育てる場であり、
学校は社会貢献のための基礎学力や集団適応力を身につける場であり、
そして仕事は、仕事を通じて「認識力」「先見性」「洞察力」を高め、「社
会的影響力」「心の自由自在領域」を広げ、その作り上げた自己でもって、
社会に貢献する喜び、自己の拡大・発展の幸福を享受する場である。

「仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す」場
であるのだ。(SAA企業理念)

このように、人間は、常に、発展・成長・自己拡大といった、自己の限りな
い成長を求めるものだ【個人の幸福】、ということを肯定し、企業は、それ
を企業自体の理念と通観して追求し、統合・融合させて、社会に貢献する素
晴しいものを生み出していく【公的幸福】ということをなしていかなければ
ならない。

それが「人として生きる」ということであり、
それが「企業が有機体として生きる」ということであるからだ。

人としての尊厳を守り、その価値が最大限に活かされ、そして仕事を通じて、
より高次なるもののために貢献できる…という、本来あるべき姿にもとづき、
仕事に対する価値観を再構築していきたい。 
≪7≫「仕事」が「悟り」で評価される時代

■7■ 「仕事」が「悟り」で評価される時代

「悟り」を求めて「仕事」をなす――とは、仕事の中に「やりがい」・「生きがい」を見出すことと同義語である。

「この仕事は“天命”である」と思えれば、それに越したことはない。

しかし、これだけ変化の激しい時代、自分が働いている期間に仕事や職業そのものが無くなることも珍しくない。「自分の天命を果たすため、手段である仕事は、どんどん変化しても構わない」ぐらいの度量と柔軟性を持つほうが、時代に対して素直に生きられるのではないか。

たとえ「天命」でなくとも、「生きがい」・「やりがい」を持って精進するうちに、それが「天命」へと変わる。

「天命」は天から降ってくるものではなく、天意を果たすため、自分で探すもの・創り出すものなのだ。また、企業は、その使命感(企業理念)のもとに、人々に対し「天命」に生きる機会を提供し、その中でより社会に貢献するために存在する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
では、このような時代環境において必要とされるものは何か?

かつて…そう「モノの時代」には、無機質に機械仕掛けのような仕事をこなせばよかった。
しかし、「人の時代」(の到来により、人間そのものの知性・理性・感性・悟性の総合力で価値を生み出し、評価される時代になってきた。この「人の時代」においては、企業そのものが、まるで一つの生き物のように動くことが望まれている。(⇒「企業の有機体理論」の「統合観」、 「自由観」参照)

そしてこのような時代には、
●「企業内の人間力」⇒生きがい・やりがいをもって仕事をする人材、
●「その人間力の統合、自由自在な活力に基づく、有機体企業」⇒使命感をもとに、社会に貢献する企業、この二つが企業の質を決めるキーワードとなる。

そして、その際のポイントなるのが「悟り」の評価である。

過去においては、学歴や職歴、資格・職能、成果・実績…といったものが、採用・評価の基準であった。
しかし、それはあくまで「モノの時代」に対応した「人間の評価」方法であり、結局、「仕事をどれだけ効率よく生産・処理できたか(できるか)」という価値基準で量った「人間の評価」である。

考えて見れば、人間より仕事の方が上位概念なのであるから、失礼な話である。

この価値基準のねじれを正し、本来あるべき「人間としての価値」により、人は評価されなければならない。
そう、人間は、その「悟り」により、評価されるべきである。

そして、その「悟り」とは、世の中に何の価値も生み出さない「絵に描いた餅」ではなく、「その悟りに従い、新たな価値を創造・発展させる」という、創造的なもの でなければならない。

実績を出してこそ、「悟り」である。
悟りたる者は、悟り価値実証の責任があるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、「経済と悟りの二分化」の問題について、少し触れておきたい。

マルクスの流れを汲む国が没落する中、経済においては、「市場原理こそ最高のルール」だと考える「市場原理主義」による「競争」が暴れ馬のごとき姿を現した。
しかし、「市場原理主義」の行き着く先は「欲望社会」⇒「荒廃・衰退」である。

表面的なマーケティングでは、その市場の「欲」は満たすことができても、「心」を満たすには不十分である。あなたも、マーケティングの行き着く先に、少なからず「疑問」を持っていたのではないだろうか?

真なるマーケティングは、「心」のマーケットを探ることだ。
つまり、利便性に伴う「安心」「やすらぎ」「有効な時間の利用」、そして商品の使用による「達成感」「幸福感」…といった、人間の善性を導きだし、社会をより良くするものでなければならない。

企業は人間・社会に貢献するために存在するのである。

モノが不足していた時代には、モノを普及することが善なるテーマであったが、モノが満たされた現在においては、次なる「社会への貢献」「役に立つ」「幸福を牽引する」存在となることが必要だ。

そのためには、しかるべき「先見性」「洞察力」「認識力」といった「悟り」が不可欠である。

一方「悟り」の側にも、「世俗から遊離し、影響力に乏しい」「薄氷を踏むような悟りでは、社会を生き抜くにはこころもとない」という問題があった。つまり、「悟り」の側が「悟りの世界に逃避」していたのだ。

「悟り」とは、世の中に貢献してこそ、悟りであり、
実績を出してこそ、「悟り」なのである。
成果の出せない悟りは、「逃げ」である。
過去に真に悟りたるものは、着実に実績を出してきたのだ。

このように、「市場一辺倒」、「悟り一辺倒」の生き方は、人間の“総合力”で評価される「人の時代」には時代遅れである。
今こそ、両者が融合され、「仕事の悟り」でもって、世の中に貢献しなければならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このように、個人においても、仕事と悟りが融合されることが大切であるし、企業においても、採用・評価として「悟り」を測定する基準を設けたり、企業内の「悟り」を高めるための教育システムの開発により、社員に「悟り」の機会、「生きがい」を提供し、企業自体も社会貢献の中で発展していくことが必要となってくる。

この時代の要請にこたえるべく、このSAA(スピリット・アドバイザー・アカデミー)は存在する。
今後、少しずつではあるが、この内容を公開していきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【SAAより】
本来、SAA(スピリット・アドバイザー・アカデミー)では、お客様に最善・最適な形でお届けしたいからこそ、「お客様一人につき、1ソフト(オリジナル)をお届けする」という予定でした。
(ソフトを使いこなしていただくためには)このような一般公開すべき内容ではないとは思うのですが、SAA創設予定者(主人)の急逝により、ソフトの全面公開に踏み切りました。
莫大なソフト量(それもメモ書きをもとに編集している)ゆえに、何から、どのように公開すべきか悩むところではありますが、とりあえず、「時代認識」を理解していただいたうえで、詳細な内容、応用について踏み込みたいと思います。

≪6≫自由観
■『企業の有機体理論』の前提(2)
 「自由観」 《管理職養成コースより》

12月21日号では、優秀な人材を上手にコントロールするために、管理職
(管理職候補)に必要な【統合観】について述べた。今回は『企業の有機体
理論』のもう一つの前提となる【自由観】について述べてみたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「自由」という話になると、「何でも伸び伸びやればよい」「自分の自由に
なる」「好き勝手にやる」といったように、ともすれば“個人の自由”が、
“組織にとっての不自由”になりやすい。

SAA(スピリット・アドバイザー・アカデミー)における【自由観】とは、
「自由自在観」であり、「必要に応じて、必要なポジションに立ち、その立
場・視点で、何をなすべきかが分かる」ということである。

つまり、【統合観】(※12月21日号参照)を持ちつつも、「個別具体的」
な対応も相手の立場に立って柔軟に行なえること。自分の視点だけでなく、
相手の目線に立って、「全体としての目標を達成するために、あなたに何が
期待されているのか」…といったことを、“相手に理解できるかたちで説明”
できる能力のことである。

このように、SAAにおける「優秀な管理職」の定義とは、
「自らの優秀さをもって、部下との違いを強調する管理職」では無く、
「全体を統合する高度な認識力【統合観】を持ちつつも、個別の対応では、
部下が共感できるよう、部下の認識にあわせ、部下が捉え易い形に、自由自
在に自らを変化させることのできる能力【自由観】を持つ人」なのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、なぜ、相手の立場に自分を合わせることのできる「自由観」「自由自
在観」が重要であるのか、少し触れておきたい。

かつての組織論では、「管理する側」と「管理される側」の立場が明確な、
ピラミッド構造が中心であった。マックス・ウェーバーの『官僚制』に代表
される様に、「感情を排除し、組織構成員が規則や手続に従って能率的かつ
合理的に機能する」ことを中心とした、明確な役割分担に基づく組織である。

しかし、【人の時代】(12月18日号)で述べたように、「知性」「理性」
「感性」「悟性」を統合した、人間の“総合力発揮”が求められる時代が
はじまった。

この時代環境の中では、「理性」(合理性)のみを追求し、他の創造的な
「知性」「感性」「悟性」を排除する組織観は、企業発展の阻害要因となる。

こういった中、SAAとしては「企業の有機体理論」を提唱しているが、
その前提となる考え方の1つである【統合観】(12月21日号)は、組織
全体を鳥瞰し、起業を一つの有機体として理解し、その中で個々の位置づけ・
意味合いを把握する…というものであった。
これは向上・拡大のベクトルであるため、発展・成長を求める優秀な人に
とっても、自分の求める方向と一致し、どちらかというと取組みやすい課題
であるように思う。

しかし、優秀な人の落とし穴として、「一度上げた認識を下げたくない」と
いう『執着』がある。上を求める傾向性の中で、部下の個別具体的な仕事に
意識を向けることは、自分の実力からすると些細で、わずらわしい…、でき
れば、あまり時間をとられたくない…、等の思いが出やすい。
無意識に、上から下を見下して考える習慣があるのだ。

実は、これは、旧組織形態、軍隊型ピラミッド組織で刷り込まれた、思考の
悪癖『上下の隔絶観』であることを見抜かなければならない。

【人の時代】において、相手の立場に立って考える「サービス精神」は必須
項目である。たとえ高い悟りは持っていても、それを相手の立場で分かるよ
うに説明できない孤高の人は、「人の時代」の管理職として勤まらないのだ。

(注⇒ただし、部下の仕事を一緒になってする必要はない。それは部下の仕
事を奪い、かつ自分が為すべき高度な判断によって得られるはずだった貢献
度を考えると、機会損失が大きい。「認識」「説明」においては、自由自在
であることが大切。)

このような時代の流れから、【統合観】を持ちつつ、同時に、個別の役割・
意味についても「相手の立場」に立って明確に理解・説明できる【自由観】
【自由自在観】を持つことの重要性がご理解いただけただろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ではここで、【統合観】の例えで用いた「手の例え」を使って、【自由観】に
ついても説明してみよう。

「手のひら」である管理職は、それぞれの指と話をするときは、まず「統合
観」を持つ必要がある。指の位置づけ、機能を鳥瞰しなければ、指に求めら
れる役割・使命を正しく認識することができない。
しかし、相手に語るときには、”指の目線”から見て、相手に理解できるよ
う説明できなくてはならない。このとき、鳥瞰した【統合観】のイメージを
持ちつつも、「視点・立場は指の位置」に瞬時に変化させようと「心がける」
ことが必要だ。

これが【自由観】なのである。

「手全体としてこういう使命を果たしたいので、あなたにはこういう役割が
期待されている」…ということを語る。その内容は指の位置から見たもので
なければならない。
それぞれの指の位置が違えは、一つの目標(リンゴを掴む)を実行するため
に、1本1本の指に期待される使命(動き方や向き、強弱)が違う。更に、
手のひらから見たら右側でも、指の側から見れば左に見える可能性もある。
管理職は、この全体においてバランスをとりつつ、部下の立場からどのよう
に取組めば全体としての成果が上がるのかを示すことが必要なのだ。

大きな流れとして、

○まず、リンゴを掴むという目標(身体および手の目標)を明確にする。
○それぞれの指の位置づけから、期待される役割、取組む課題とは何か、
 個別の貢献の仕方を明確にする。
○その期待に応えて、指の5本が、自らの立場に合わせた「最適の貢献の仕
 方」・「配慮」等を考え、実行する。(例えば、薬指が怪我をしていても、
 その分、他の4本がバランスをとって「リンゴを掴む」という目的を達成
 するなど。)

このような、個と全体を見通した管理職の働きかけにより、部下の一人ひとりが、体全体の使命と、その中での「手の使命」、そして、個別の「指の立場」へと、自由自在に認識を変化させることができるようになると、組織があたかも一つの意志をもった有機体であるかのごとく機能してくる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に、「統合観」と「自由観」が使いこなせないと、どのような問題が起
こりやすいかについて、主なものについて一緒に考えてみたい。

●「手」としての目標のみ明確で、各々の「指」の位置づけや役割が明確で
 ない。いわゆる目標の丸投げ状態ではないか?

 ⇒このとき、それぞれの「指」が、自分なりの理解でバラバラの動きをし、
  トータルで戦力の無駄遣いをする。努力のわりには成果が上がらず、組
  織が疲弊しやすい。

●管理職のみが、「手」としての使命を理解・把握し、各々の「指」には、
 「1本の指の仕事」を断片的に語るだけではないか?

 ⇒この場合、指示されたことはできるが、指示されないことに対し、応用
  がきかない(全体における位置づけが分からないため、互いにフォロー
  することが難しい)。
 ⇒また、この場合、「親指への指示」と「小指への支持」が、一見違うよ
  うに見えるので、受け手の指同士が混乱しやすい。

●管理職が、部下の個性や役割の違いを認識できず、「画一的な指示」とな
 ってはいないか?

 ⇒組織の柔軟性を欠き、各々の個性の持ち味、裁量の発揮を束縛する。

こういった硬直的で、融通のきかない組織とならないためには、繰り返し
になるが、管理職(管理職候補)が「組織としての使命を明確にしつつ、組
織の構成要員がバランスをよく持ち味を発揮できるように、各々の機能・立
場に合わせた役割を柔軟に提示する。」ということを“心がける”ことが大
切なのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回までの内容により、「企業の有機体理論」の前提である、
【統合観】&【自由観】について大枠の説明をなした。
この観点は、非常に重要なポイントであるので、今後も折にふれ、
考える機会を持っていきたい。

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