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SAA 【仕事の悟り】
SAA理念「仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す」
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≪2≫捨ててこそ見える世界がある
■捨ててこそ見える世界がある。

今まで構築してきたもの:自分の立場とそれに基づく考え、地位、職業、社会的影響力、自分が成し遂げてきたこと等、…これらが、自分の限界をつくる原因となることを、肝に銘じなければならない。

人はえてして自分の過去を大切にしたい。
なぜなら、それは、現在只今の自分の存在を肯定することだからだ。
そして、自分を肯定する代わりに、それが限界をつくる枠組みとなり、その枠に入れない人を理解していくことが困難になる。

自らの立場や役割、それに基づく考え方を一度捨てない限り、他の人の良さ、人々がどのように融合していけばよいかが、全く見えない。

例えば人体において、あなたが多くの栄養を消化する「胃」の役目を果たしていたとしよう。ありとあらゆる難問を消化するその姿は、非常にアクティブで、注目を浴びる存在である。

そんなあなたから見ると、「足の爪」は、果たしてどのような存在に見えるだろうか?

おそらく、その存在すら気にとめていないに違いない。もし、気付いたとしても、「足の爪」自身が積極的に活動しているようには見えず、足の指先に貼りついている、無駄な存在としか認識していないかもしれない。

では、「足の爪」の存在がなかったらどうか?足の骨は傷み、力強い一歩を踏み出すことも、足を踏ん張ることもんできない。「人」として跳躍することはもとより、移動にも支障をきたす。

「胃」の立場や働き、その存在に求められる正しさをもってしては、「足の爪」の存在意義や正しさは推し量ることはできない。

自らの「胃」という役割を、一度捨てない限り、「足の爪」のよさや、「足の爪」の貢献度は理解できない。「足の爪」と融合して大きな「人体」として仕事を成し遂げるには、「胃の立場」・「胃としての正しさ」を捨てなければならないのだ。

捨ててこそ、見えるべき世界が、見えてくるのだ。

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更に、「自らを伸ばす」ということが、 「自らのみ伸ばす」という考えになったとき、他の存在から自らを分断する行為となる、ということにも触れておきたい。

「胃」が胃として単独で活躍しても、何の意味もなさない。その「胃」が消化した栄養分を吸収し、それを血管が体の隅々まで運び、そしてその栄養を有効活用し、大きな仕事をなす「体全体」の働きがあってこそ、「胃」の存在意義は認められるものとなる。

このような、 「自と他で素晴らしいものを創っている」という認識のもと、いちど自分の理解できなかった人の「存在の意味」を考えてみることを勧める。
その存在は?目?耳?鼻?内臓?血管?リンパ?体毛?神経細胞?それとも…?
果たしてそれは、どの役割を果たし、どのような意味を持つものなのか?
そして、その存在が機能しなければ、「人体」はどうなるのか?

まつげ、一本一本にも、その存在に意味がある。

捨ててこそ見える世界を、見つめてみることは、仕事における「悟り」のポイントである。
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